絵を上達させるための効果的な方法のひとつに「模写」があります。模写を通じて、自分では気づけない構図や色使い、筆運びの工夫を学ぶことができます。しかし、模写を始めたいけれど「どの作家を選べばいいのか分からない」と悩む人も多いのではないでしょうか。
今回は、知名度が高く、かつ模写に適した作家をいくつか紹介します。それぞれの作家の魅力や特徴に触れながら、模写を通じて得られる技術や視点についても解説します。

目次
古いのに新しい構図「川瀬巴水」
川瀬巴水(かわせはすい)は、大正から昭和初期にかけて活躍した新版画の作家として知られています。新版画は、江戸時代の浮世絵と同じ木版画技法を用いながら、近代的な構図や色彩感覚を取り入れたジャンルです。その中でも川瀬巴水の作品は、風景を主体としたシンプルで洗練された構図が特徴的です。
【模写におすすめする理由】
- わかりやすい構図と明確なライン
川瀬巴水の作品は、絵画というよりデザイン画に近い要素を持っています。油絵や水彩画のように色が混ざり合う表現ではなく、色の境界がはっきりしているため、初心者にも模写しやすいのが特徴です。また、構図が非常に計算されており、どの作品もバランスが良く、「どこを見ればいいのか」が明確です。 - デザイン力と構図の基礎を学べる
技術だけでなく「構図」の重要性を学べるのも川瀬巴水の魅力です。絵を描く際、どんなに技術的に優れていても構図が不安定だと作品全体がぼやけた印象になります。川瀬巴水の作品を模写することで、構図の基礎を体得できるでしょう。
【具体的な作品例】
川瀬巴水の代表作としては、「日本橋」「雨後の松島」「東京十二題」などが挙げられます。これらの作品は、日本の四季折々の風景を繊細に表現しており、色彩の抑制された美しさが光ります。
【模写の際のアドバイス】
- 色使いを分析する
同じ青でも微妙に異なるトーンを使い分けるなど、色彩感覚を磨くことができます。 - 線の正確さを意識する
木版画特有のはっきりとしたラインを再現する練習をしてみましょう。
近年、川瀬巴水の作品は再評価され、多くの作品集や展示会が開催されています。書店や美術館で手に入る作品集を参考に、模写に挑戦してみてはいかがでしょうか。
正確なデッサン力「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、ルネサンスを代表する万能の天才です。彼の代表作である「モナ・リザ」や「最後の晩餐」は非常に有名ですが、初心者にとってはハードルが高く感じられるかもしれません。そんな中でも模写におすすめなのが、彼が残した多数の「手のデッサン」です。
【模写におすすめする理由】
- 身近なモチーフで学びやすい
手は日常的に観察できる身近な題材です。そのため、描いている対象をいつでも確認しながら練習できます。 - 美術解剖学に基づいたリアルな描写
レオナルド・ダ・ヴィンチの手のデッサンは、解剖学の知識をもとに描かれており、骨や筋肉の構造が正確に再現されています。これを模写することで、形を正確に捉える力や、物体の立体感を表現する技術が養われます。
【模写のポイント】
- 陰影をつける練習
手は平面に見えがちですが、陰影をつけることで立体感を生み出します。ダ・ヴィンチのデッサンを参考に、光と影をしっかり観察して描きましょう。 - 解剖学的な理解を深める
模写を通じて、筋肉や骨の位置を意識しながら描くことで、よりリアルな形状を捉える感覚が身につきます。
【具体的な練習方法】
- 最初は線画だけを描くことで、手の基本的な形状やバランスを学びます。
- 次に、陰影を加えながら立体感を追求します。鉛筆を使い、濃淡をつける練習をするのも効果的です。
ダ・ヴィンチのデッサンはインターネット上や美術書で簡単に見つけられるため、模写する際の参考資料としても便利です。

絵を描く楽しさを感じる「ゴッホ」
模写とは単にお手本をそのまま写し取ることではありません。模写の本質は、絵の作風や描き方を理解し、自分なりの解釈を加えて再現することにあります。そのプロセスを通じて、技術だけでなく、作家の感性や情熱に触れることができます。
中でも、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品は、模写を通じて「絵を描く楽しさ」を感じられる作家の一人です。彼の作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチや川瀬巴水のような正確さや構図の緻密さを重視するものではなく、むしろ情熱や感情を筆のひと振りに乗せたエネルギーに満ちています。
ゴッホの模写が絵を楽しくする理由
ゴッホの作品には、彼独自のタッチや大胆な色彩表現があります。それは技術だけでなく、見る人に彼の心情やエネルギーを伝えるものです。模写をする際に、正確さにこだわる必要がないため、初心者でも自由に楽しむことができます。
たとえば、ゴッホの「星月夜」では、渦巻く空の動きや明るい星の輝きが、感情の高まりをそのまま表現しています。この作品を模写する際には、星や渦の形を完全に再現する必要はありません。むしろ、自分が感じた空の動きを筆に乗せて表現することで、ゴッホの情熱を追体験できます。
また、「花咲くアーモンドの木の枝」のような作品では、柔らかい花びらや大胆な枝ぶりを描く過程で、自然の美しさと向き合うことができます。ここでも正確な模写よりも、枝や花の勢いやリズムを意識することが重要です。
ゴッホ模写のポイント
完璧を目指さない
模写は技術を磨くことが目的ですが、ゴッホの作品を模写する場合は、彼の感情や情熱を感じることを優先してください。細部にとらわれすぎないことで、描くこと自体の楽しさを発見できるでしょう。
タッチを真似る
ゴッホは筆遣いに個性があり、短いストロークや大胆なタッチが特徴です。その特徴を模写で再現することで、絵を描くリズムや動きを体感できます。
色の自由さを楽しむ
ゴッホの作品は、自然の色彩にとらわれない大胆な色使いが魅力です。模写する際には、実際の色に忠実でなくても、自分が感じた色合いを取り入れてみましょう。
模写を通じて技術を磨くプロセス
ゴッホの模写は、絵を描くことに対する恐れを取り除く良い方法です。完璧を求めず自由に描くことで、「絵を描くのが楽しい」と思えるようになります。しかし、模写を続けていくうちに、自然と「もっと上達したい」という気持ちが芽生えるでしょう。
絵の上達を目指すステップアップ
模写を通じて絵を描く楽しさを知った後は、次のステップに進むことをおすすめします。たとえば、以下のようなことを試してみてはいかがでしょうか。
- グラデーションや微妙な色合いを取り入れる
ゴッホの作品には、単純な色面の中にも微妙な色の変化があります。最初は平面的に見える部分でも、よく観察して描き込むことで深みを増す練習ができます。 - 異なる技法を学ぶ
ゴッホの作風に近づけるために、厚塗りや筆触分割(筆跡を活かした描き方)を取り入れてみましょう。また、絵具の扱い方や筆の種類によって、絵の仕上がりが大きく変わることを実感できます。 - 自分のオリジナル作品に活かす
模写を通じて得た知識や技術を、自分自身の作品に応用してみましょう。ゴッホ風のタッチや色使いを取り入れたオリジナル作品を描くことで、模写から一歩踏み出すことができます。
模写を通じて技術を磨くプロセス
紹介したお手本にしたい作家の作品は、ベタ塗や鉛筆の線で描けるものがほとんどです。
絵を描く技術や色の重ね方がわからない人でもそれなりに完成度が高い模写作品が描けます。
しかし、絵の上達をさらに目指すならば自己流の模写から、さらにステップアップする必要があります。
絵を描くことに臆病でなくなったら、色の微妙なグラデーションや技術の幅を増やしてみましょう。
絵画教室で絵を習うときには、目標とする「描きたい絵」があると具体的な指導が受けやすくなります。
「パステルを使ってゴッホのような絵が描きたい」や「ポスターカラーで川瀬巴水のような絵を描きたい」という希望があれば、先生は生徒が好む作風を知ることができ、もっと多くの作品や描き方を伝えることができます。
模写によって多くの作品や描き方を知り、好みの作家がみつかると「描きたい絵」もみつかるでしょう。
おわりに
美術館で絵を鑑賞するとき、「一枚だけもらえると言われたらどの絵が欲しいか」と考えながら館内を回ると違った楽しさがあります。
同じように「どの絵を模写したいか」と考え見ると、また違った見方ができます。
模写するという視点で絵をみるときには「描き手」になっていることに気がつくでしょう。
模写は、絵を描く楽しさを知るきっかけになります。
そして、もっと技術力を高めたいと思ったときには、絵画教室で描き方を習うことで模写ではなく、ゼロから自分の作品を生み出すことができるようになるでしょう。
文筆:式部順子(しきべ じゅんこ) 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。 在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。