「勉強が苦手だから美術を始めたい」――その疑問に答えます

中高生になると勉強が一気に難しくなり、「数学や英語とは違い正解がない美術なら、自分にもできるかもしれない」と思うことがあるかもしれません。しかし、美術が勉強とまったく関係がないわけではありませんし、「美術なら簡単」と考えるのは少し誤解があります。

今回は、中高生が感じる疑問「勉強が苦手だから美術を始めてもいいですか」に誠実にお答えします。

勉強からの逃げでは美術は続けられない

結論から言えば「勉強が苦手だから美術に逃げる」という動機では美術は続かないでしょう。
なぜならば、美術が想像以上に時間と労力を要する学問であり、正解のない曖昧な世界だからです。

例えば、数学や英語が苦手だと感じる多くの中高生は、テストの点数が悪いことを理由に「苦手」と判断しています。一方、美術には明確な点数や正解がありません。何をもって「得意」や「苦手」と判断するのかが曖昧なため、自分の進捗が分かりにくいのです。

さらに、美術は「正解がない」だけでなく、「自分の考えを形にする力」が求められます。この過程には迷いや試行錯誤がつきものです。もし勉強からの逃避で始めた場合、この曖昧さに耐えることができず、途中で諦めてしまう可能性が高いのです。

美術と勉強は意外とつながっている

不安定で逃げ場のない世界が広がっていたとしても「勉強よりはまし」と思う人がいるかもしれません。
しかし、美術は感覚だけでできることではないのです。
美術と勉強は意外とつながっています。

例えば、美大受験を考えるならば英語と国語が必要です。
小論文が必要になることもあります。
しかも英語や国語などの勉強が合否に与える影響はとても大きく40~50%を占めます。

美大受験生が多かった時代は「一時足切り」というものがあり、学科試験(英語と国語)だけで受験生の半分が落とされました。
「足切り」という言葉は、それ以上先に進めないという意味が込められています。
一次試験に合格した半分の人だけが実技試験に進めたのです。
それだけ美術の世界では読み解く力や伝える力が必要だということです。

美術で生きていくためには「絵が描ければいい」というわけではありません。
勉強と美術センス、コミュニケーション能力などバランスのとれた人材が求められています。

また絵を描くときやデザインをするときには、数学の知識を使うこともあります。
数学の知識が使えることで表現できる世界やイメージできる世界があります。

「勉強が苦手」なら「好きなこと」を探すべき

勉強が苦手だと感じると、「どうにかしてそこから逃れたい」という気持ちが生まれるのは自然なことです。しかし、逃げ場所として美術を選ぶのではなく、「自分が本当に好きなこと」を見つけるべきです。

好きなことが見つかれば、努力を努力と思わずに続けられるようになります。それが美術であれば、美術を選べばよいのです。たとえば、「数字が好き」なら経済学やデータサイエンス、「本が好き」なら文学や編集、「人と関わるのが好き」なら福祉や教育といった具合に、大きく視野を広げてみると良いでしょう。

「好き」なら不安定な道も乗り越えられる

もしも好きなことが美術ならば美術を選ぶべきです。
美術は勉強の道よりも不安定で逃げ場のない世界ですが、好きな気持ちがあれば不安定で逃げ場のない世界を楽しむことができます。

勉強からの逃げで美術を選ぶ人もいれば、逆に美術からの逃げで勉強を選ぶ人もいます。
美術が大好きだけど「絵が下手」と考えたり「安定した職業に就けない」と計算したりしてあきらめてしまうのです。これはとってももったいないことです。

下手でも不器用でも「好き」なら美術を始める立派な動機です。
「好き」という気持ちこそが才能です。

しばしば「才能がない」という人がいますが、才能とは、好きであり続ける心だと筆者は考えます。
才能があるかないかは、始めるときにはわからないのです。

一生を終えるときまで絵が好きで描き続けていれば、その人は才能があった人です。
どんなに高値で絵が売れたとしても、人生でたった1枚しか絵を描いていなければ、その人は才能ではなく運がよかった人です。

下手なら絵画教室や予備校に通って指導を受ければ上達します。
不器用ならば描き方を学び練習を重ねれば器用に描けるようになります。
絵画教室や予備校は、そのために存在しているのです。

おわりに

中高生は、まだ生まれて15年ほどです。15年間に見聞きした経験の中から進路や人生を決めろと言われても難しいでしょう。
ただ、15年間生きてきた中で「好きだ」と思えるものがあったのならば、それはとてもラッキーなことです。
「好き」と思えることや人に出会えるチャンスは人生を通してみてもそう多くはありません。
「好きなこと」は、余計な心配や計算をしたりせず、素直に受け入れましょう。
「好きなこと」さえつかめれば、手段や実力はあとからプラスしたり補ったりすればいいのです。

文筆:式部順子(しきべ じゅんこ)
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業
サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。
在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。

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