有名画家の恋愛から読み解く絵の魅力

絵画を鑑賞するとき、単に「美しい」「独特なタッチだ」と感じるだけで終わることもあります。
しかし、その絵を描いた画家の人生や背景を知ると、作品の見え方がまるで変わることがあります。

特に、画家たちの恋愛模様を知ることで、絵に込められた感情がより鮮明に伝わってくることもあります。
恋愛は、画家にとって大きなインスピレーションの源となるだけでなく、時には作風の変化や作品の雰囲気に直接影響を与えています。

今回は、有名画家たちの恋愛エピソードを通じて、絵画をより深く楽しむための新しい視点を紹介します。

衝撃的すぎる「モディリアーニと恋人ジャンヌ」

アメデオ・モディリアーニの作品には、恋人ジャンヌ・エビュテルヌをモデルにした女性の絵が数多くあります。
彼の特徴的な作風といえば、面長な顔、細い首、やわらかい線で描かれた優雅な女性たち。
そしてその中でも、ジャンヌの肖像画は特に印象的なものとして知られています。

モディリアーニは、生前非常にモテた画家だったと言われています。
当時のパリの芸術界で活躍し、多くの女性に愛されました。
そのため、女性のモデルには困らなかったはずですが、その中でもジャンヌは特別な存在でした。

2人が出会ったのは、ジャンヌがまだ18歳の頃。
芸術家として活動していたモディリアーニは、彼女の清楚で静かな美しさに強く惹かれました。
しかし、彼の人生は決して幸福なものではなく、病気と貧困に苦しむ日々を送っていました。

そして、数年後モディリアーニは病に倒れ、わずか35歳の若さでこの世を去ります。
彼がジャンヌをモデルにして描いた絵の数々は、わずか数年の短い時間の中で生まれたものでした。

しかし、さらに衝撃的なのはモディリアーニの死後の出来事です。
彼の死に耐えられなかったジャンヌは、当時妊娠していたにもかかわらず、悲しみのあまり5階の窓から飛び降りて命を絶ちました。

このエピソードを知らずにモディリアーニの描いたジャンヌの肖像画を見れば、「恋人を描いた肖像画」という印象だけかもしれません。
しかし、この悲劇的な恋の物語を知った後では、絵に込められた感情がより鮮明に感じられるのではないでしょうか。
ジャンヌの柔らかい表情や、どこか物憂げな目元は、単なる美しさではなく、彼女とモディリアーニの運命そのものを映し出しているように思えます。

恋が多すぎる「ピカソの恋愛」

ピカソの作品には、「青の時代」「バラ色の時代」「キュビスムの時代」など、次々と作風が変わる特徴があります。
普通に見れば、「新しい表現を求め続けた芸術家」という印象を受けるでしょう。

しかし、この作風の変化の背景には、彼の恋愛遍歴が大きく関係しているのです。

ピカソは非常に恋多き人であり、彼の人生には多くの女性が登場しました。
そして、彼の作品には恋人たちの影響が色濃く表れています。

例えば、「青の時代」は彼の恋人フェルナンド・オリヴィエとの関係が影響していると考えられています。
また、彼の有名なミューズであるドラ・マールとの関係が、彼のシュルレアリスム的な表現に大きな影響を与えました。

ピカソは、恋人が変わるたびに、その影響を受けて作風が変わっていきました。
彼が描いた女性たちは、それぞれまったく異なる雰囲気を持ち、同じ画家が描いたとは思えないほどです。

このことを知らなければ、ピカソの作品の変遷は単に「年齢とともに進化したもの」と思うかもしれません。
しかし、彼の恋愛遍歴を知ることで、「この時期にはどんな女性が彼のそばにいたのか?」という視点で作品を楽しむことができるのです。

美しすぎる「ルノワールと妻アリーヌとバラ」

ルノワールは、バラの絵をたくさん描いています。
どれもテーブルの上にきれいに活けられたバラの花束の絵です。

しかし1915年に描かれたバラの絵は一味違います。
何も知らずにみれば「今までよりも大雑把に描いたバラ」「勢いで描いたバラ」に見えるかもしれません。
しかし、この1915年のバラの絵にはルノワールのあふれんばかりの気持ちが込められています。

ルノワールには、アリーヌという妻がいました。
アリーヌは、ルノワールとルノワールの仕事を大切に思い、言葉通り献身的につくしてきました。

ルノワールもアリーヌを愛し、アリーヌをモデルにした作品からは「愛」「やさしさ」がヒシヒシと伝わってきます。

ところが、アリーヌは56歳という若さでこの世を去ります。
悲しみに暮れたルノワールは、アリーヌへ捧げるために1915年の作品「バラ」を描いたのです。

キャンバスには花瓶もテーブルもなく、咲き誇るバラだけが勢いよく描かれています。
この作品は、ルノワールが泣きながら描いたと言われています。

何も知らずに1915年のバラを見れば「勢いで描いたバラ」に見えるかもしれません。

しかし、描かれた背景を知った後では「明るさの中に秘められた悲しみや愛」を感じることができるのではないでしょうか。

絵はその背景や歴史を知るほどおもしろい

外国語の歌を聞いたとき「なんとなくメロディが好きだから」という理由で好きになったことはないでしょうか。
しかし「歌詞の意味を知ったら嫌いになった」という話も聞きます。

絵を感じるとき、キャンバスに描かれた要素だけではメロディを聞いただけの状態です。
歌詞の意味を知るためには、絵を描いた画家の人生や歴史的背景を知ることが大切です。

美術史は「何年に誰が何を描いた」という歴史事実を知るだけではありません。

「なぜ、この画家はこんな作品を描いたのか」「この絵が本当に言いたいことは何か」を知るために美術史があるのではないでしょうか。

デッサンやデザインが上手に描けなくても「美術」は堪能することができます。
その一つの方法が美術史だと筆者は考えます。

おわりに

美術史には、世界情勢の歴史だけでなく、画家自身の歴史もあります。
モディリアーニとジャンヌの関係は、時代を超えても衝撃的であり、作品の見え方をガラッと変えるインパクトがあります。

ピカソは歴史的背景というよりもピカソ自身の人生遍歴を知ることで作品の見え方が変わります。
ルノワールは、ルノワールの人生を知れば「ルノワールのやさしい世界観」を理解することができるでしょう。

現在、美術史は教養として注目されています。
「絵は描けないけれど、絵を語ることはできる」という美術の楽しみ方もあります。

文筆:式部順子(しきべ じゅんこ)
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業
サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。
在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。

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