かつて墨絵といえば、墨の濃淡による奥行きと静けさが特徴的でした。雪舟の代表作や長谷川等伯の「松林図屏風」に見られるような、控えめで静謐な世界観が多くの人々に親しまれてきたのです。しかし、現代ではその伝統的な魅力を受け継ぎつつも、新たな躍動感と力強さを備えた墨絵が登場しています。
この記事では、墨絵の基礎知識からその奥深い魅力までを徹底解説します。墨絵の新たな一面に触れ、その可能性に目を向けてみましょう。

目次
墨絵とは
墨絵とは、墨を使って描かれた絵全般をいいます。
似たものに水墨画がありますが、水墨画は墨と水の力で描かれたものをさしています。
わかりやすく言えば、墨絵の中の一ジャンルとして水墨画があるイメージです。
墨絵に必要な「文房四宝」
墨絵に欠かせない道具は「文房四宝」と呼ばれる筆・硯・墨・紙の4つです。それぞれの選び方や特徴を見ていきましょう。
紙:画仙紙や麻紙、神郷紙などがあります。画仙紙は墨の濃淡がはっきりと出やすく、麻紙はざらついた質感が特徴で、にじみ表現に向いています。一方、神郷紙は耐久性が高く、長期保存に適しています。
筆:墨絵では、細部を描ける「削用筆」と、広い面を大胆に描ける「没骨筆」がよく使われます。これらの筆は、習字用の筆に似ていますが、よりしっかりとしたコシがあるのが特徴です。用途に応じた筆を使い分けることで、表現の幅が広がります。
硯:墨を磨るための硯は、石製のものがおすすめです。プラスチック製の硯もありますが、耐久性や墨の粒子を均一にする性能を考慮すると、自然石のものが最適です。
墨:墨には「青墨」と「茶墨」があります。それぞれ発色が異なり、薄めたときの雰囲気が変わります。作品の雰囲気に応じて使い分けましょう。
<その他の道具>
墨絵はお習字とは違い、墨を水で薄めて絵の具のように使います。
絵の具のパレットにあたるものが絵皿です。
絵皿は、硯から墨をとって水と混ぜるときに使います。
100均の小皿や醤油皿でも代用できますが、墨の色がわかりやすい白色無地を選びましょう。
文鎮や水差し(スポイトでも可)や筆置き、下敷きはお習字で使っているものでも代用可能です。
墨絵に慣れてきたら「白く色を抜く道具」も使ってみましょう。
レジンドーサや膠を使いこなせるようになると表現の幅が広がります。

墨絵初心者向けQ&A
ここからは、墨絵初心者のよくある質問に答えます。
<墨絵に色をつけることはできますか>
墨絵に色をつけたものは「墨彩画」といいます。
墨で絵を描いたあとに水彩絵の具や日本画の顔料で色をつけます。
金箔を部分的に使うと豪華な作品になります。
ただ最近は、色鉛筆やアクリル絵の具で仕上げる現代美術のような作品もあります。
「墨絵はこうでなければならない」という枠にとらわれず、基本の描き方を学んだら自由に表現してみてもいいのではないでしょうか。
<墨絵を日常生活に取り入れるには?>
墨絵は、完成した作品を普段の生活に活用することができます。
例えば、ブームとなった絵手紙ははがきに墨絵を描いたものです。
無地のポチ袋に干支の墨絵を添えればオンリーワンのお年玉袋になります。
お年玉袋やハガキはサイズが小さいため、大きな作品と比べると迫力に欠けるかもしれません。
そんなときには落款を押してみましょう。
落款とは、作品の隅に押してある印です。
消しゴムハンコの要領で手作りすることもできます。
墨絵の魅力とは
今までの墨絵の魅力は「モノトーンで表現する静の世界観」だったのではないでしょうか。
長谷川等伯の「松林図屏風」は、余白で空気感を表現するために松が描かれたのではないかと思うほど「静かな空気」を余白から感じます。
しかし現代は、余白ではなく墨と筆がもつ強いパワーを前面に出した作品が増えています。
墨絵の魅力は「静」だけでなく「動」もあります。
また、墨の黒色は見る人にとても強いインパクトを与えます。
2005年の東京モーターショーで使われたロゴマークは、墨で横一本に描かれた線でした。
パッと見たら「ただの一本の線」ですが、よく見れば猛スピードで走っている車のシルエットにも見えるのです。
そして、筆と墨が織りなすスピード感と力強さが「たった一本の線」に驚くほどの存在感を与えています。
一般的に墨絵の魅力は「黒と白で表現する奥深さ」「墨の美しさ」と言われています。
しかし筆者が考える墨絵の魅力は「一発勝負の緊張感」です。
墨絵は「描くぞ」と思ったら、迷いなく一気に描かなければなりません。描き手には大胆さと慎重さが求められます。
消しゴムで消したり、ひとつ前に戻ったりすることはできません。
そのため、一流の墨絵師は1枚の作品を描くために大量の習作を描くと言われています。
「これで勝負する」という度胸と積み重ねてきた習作の集大成が「研ぎ澄まされた1枚」になります。
この「これ以上何も加減できないピンと張りつめた緊張感」が墨絵の魅力ではないでしょうか。
文筆:式部順子(しきべ じゅんこ) 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。 在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。
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