幼稚園や学校で子どもたちの絵を並べたときに、いつでも「あっ、この絵はあの子の作品だ」とわかる子がいます。
けして技術力が高かったり突拍子もない発想力があったりするわけでもないけれど常に「自分らしさ」が作品ににじみ出る子がいるのです。
今回は、創造力やアイデアがなくても「自分らしい絵」が描ける子の共通点をお話しします。
目次
描くことが作業になっていない
常に自分らしい絵が描けるということは、個性があり、作品に自分のすべてをぶつけることができている証拠です。「美人は3日で飽きる」という言葉がありますが、技術的にうまいだけの絵は3日も見れば飽きてしまいます。しかし、技術力が足りなくても、味のある絵は見れば見るほどその魅力が染み出してくるものです。
味のある自分らしい絵が描ける子は、描くことが作業になっていません。技術力が高くなると、悪い意味で「描き方」に基づいて描くようになり、絵を描くことが単なる作業に変わってしまうことがあります。
創造力やアイデアがなくても自分らしさが絵に染み出る子どもは、絵を描きながらもいろいろなことを考えています。たとえば、キリンの絵を描くときには、「このキリンは雌で、子どもにエサを取るために首を思いっきり伸ばしているところ」と考えながら描きます。首が曲がっている方が動きが感じられる「いい絵」に仕上がることもあります。
子どもは、創造力やアイデアを豊富に持っています。ただし、大人のように計算して描かないため、創造力やアイデアがないように見えることもあります。
描くことが作業になっていなければ、たとえ単調に見える作品であっても、描いた子どもの中にはストーリーがあります。そのストーリーこそが、他の誰にも描けない自分だけの絵を生み出す原動力です。
たくさんの絵をみている
自分らしい絵を描ける子は、どんな課題に対しても自分のイメージを表現する方法を知っています。ここでいう方法とは、テクニックではなく、自分の中にある多様なアプローチのことです。
たとえば、熟しすぎた柿の絵を描くとします。多くの子どもはクレヨンや絵の具で濃いオレンジ色や茶色を使って表現します。しかし、たくさんの方法を知っている子どもは、色だけでなく触感で表現することもあるでしょう。ゴッホのように絵の具をたっぷりと重ねる手法や、エリック・カールのように紙を貼り付けて表現する方法も考えられます。
アイデアが浮かばない場合でも、たくさんの絵を見た経験がある子どもは、自分の中に引き出しがたくさんあるのです。その引き出しからヒントを得て、それをかみ砕き、自分なりのアイデアに変えることができます。
アイデアの引き出しは、美術館や画集からだけでなく、絵画教室の先生のアドバイスや他の生徒の作品からも形成されることが多いです。こうした経験を重ねることで、自分だけの表現を生み出す力が養われます。
絵を描くことが好き
自分らしい絵を描ける子の一番の共通点は「絵を描くことが好き」です。
絵を描くことは自己表現のひとつです。
自分らしい絵を描くということは、自分の内面をさらけ出していることになります。
自己肯定感が高くなければ、なかなか自分のすべてをさらけ出すことはできないのではないでしょうか。
さらに「絵を描くことが好き」となれば、うまい下手は関係なく、今の自分を表現することが好きということです。
大人は子どもに「うまい絵」を求めます。
しかし自分らしい絵が必ずしもうまいとは限りません。
魅力ある絵は、個性と技術力の両方を持っている絵です。
技術力は訓練で高めることができますが、個性と絵を描く原動力となる自己肯定感は、感受性の豊かな子ども時代にこそ伸ばせる力です。
創造力やアイデアがなくても個性があれば「自分らしい絵」になる
クリスチャン・ラッセンは、幻想的な創造力で海の絵を描いています。
横尾忠則は独特なアイデアで自分の世界観を描いています。
奇抜なアイデアや想像力はひとの興味を引きます。
しかし絵を描く目的は人の気を引くためではなく自己表現です。
クリスチャン・ラッセンは、幼いときにサーファーになる夢と画家になる夢のふたつをもっていました。
ハワイという恵まれた環境の中で、ラッセンは大好きな海の絵を描き始めたのです。
自分の好きなことを突き詰めていけば、自然と創造力やアイデアは生まれてくるのではないでしょうか。
大人や親にできることは、創造力やアイデアを子どもに求めることではなく、創造力の源になる環境を整え、好きなことをみつけるきっかけを作ってあげることです。
ラッセンが子ども時代、学校の先生は勉強が嫌いなラッセンを一番後ろの席に座らせて好きなように絵を描かせました。
親は、勉強よりも絵やサーフィンを優先するラッセンを責めませんでした。
ラッセンの母は「星を目指して失敗しても月には届く」と言っていたそうです。
苦手な部分を責めたり教育したりするのではなく、好きなことを伸ばし自己肯定感を高めることで、自然と自分らしい生き方をみつけて「自分らしい絵」が描けるようになります。
個性ある作品は、人の興味を引きます。
おわりに
クリスチャン・ラッセンは、絵の教育を受けず独学で画家になりました。
地元の小さなギャラリーに通い、絵をみることで遠近法などの技術を習得したのです。
「自分らしい絵」が描ける子は、意欲の源である自己肯定感があります。
自己肯定感がある子は、いつでもどんなときでも自信をもって自己表現するため作品に個性があふれるのです。
文筆:式部順子(しきべ じゅんこ) 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。 在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。