自己表現とは「自分の内側を目に見える形にすること」です。
「芸術は自己表現とは違う」と言われることもあります。
たしかに自分を一方的に表現しただけならば自己表現ではなく自己満足です。
ただ、絵を描く目的は人それぞれです。
自分以外の人に感動を与える芸術作品を目指す人もいれば、自分の内なる感情をぶつけるために絵を描く人もいます。
絵は自己表現の一つであり、それが自分以外にも感動を与えれば芸術と呼ばれるのではないでしょうか。
今回は、大人になってからも自己表現が大切な理由と絵の役割についてお話しします。
目次
自己表現は大人になるほど必要な力
「絵が好きだから絵を描く」という人は、芸術作品の制作を目指すのではなく、自己を表現するために絵を描いているのではないでしょうか。
「売れるわけでもないのに貴重な時間を使って絵をかくなんて」と思う人がいるかもしれません。
しかし、お金にならない自己表現は大人になるほど必要なことです。
なぜならば、自分を表現する時間は自分と向き合う時間であり、生き方を考える時間だからです。
子どものころは、わざわざ絵を描いて自己表現しなくても感情をそのまま外に出すことができました。
しかし大人になれば、空気を読み、忖度できるようになるため「自分を出せる機会」はめっきり減るのです。
会社に行けば会社の空気を読み、組織の歯車のひとつになった方が仕事はスムーズに進みます。
子育て中は、ママ友たちと話を合わせた方が子育てはしやすいのかもしれません。
しかし、そんな日々では「自分」を見失ってしまいます。
大人になればなるほど周囲とあわせなければ生きづらくなる環境が増えます。
そんな環境の中で「自分」をしっかりと保つためには、意識して自己表現することが大切なのではないでしょうか。
大人になってからも自己表現が大切な理由
大人になると個の「自分」よりも組織や社会に溶け込むことを優先します。
そうする方が生きやすくなると考えるからです。
しかし、本当に生きやすくするためには溶け込むことよりも自分をしっかりともち、自己表現をする方が大切なのかもしれません。
ここからは、より生きやすくするために自己表現が大切な理由をお話しします。
<人間関係の軸が広げられるから>
自己表現の方法は絵を描くことだけではありません。
友達との会話やファッションで自己表現することもできます。
自己表現が苦手な人は、会話の話題も当たり障りのない内容を選びがちです。
そしてファッションは個性的ではなく無難なものを選びます。
自己表現しない人は、嫌がられるリスクも低いのですが「この人と友達になりたい」と強く思われる可能性も低くなります。
可もなく不可もないため「この人でもいいや」と思われてしまうのかもしれません。
自己表現することは、自分の内面をオープンにすることです。
「私はこんな人です」と外に出すことで去っていく人もいますが「この人が好き」と思い寄ってくる人もいるでしょう。
大人になると学生時代のように損得勘定のない人付き合いが減ってきます。
しかし自己表現することで内面の魅力に気がつき、損得勘定のない付き合いを求めてくる人が出てくるかもしれません。
自己表現することで人間関係の輪が広がり、より生きやすくなることもあるのではないでしょうか。
<自分の気持ちや心が整えられるから>
絵を描くことで自己表現するメリットは「人の目」を気にしなくていいことです。
しばしば日記を描くことでストレス発散する人がいますが、絵も同じことです。
文字で表現することが得意な人は日記を書き、絵で表現することが好きな人は絵に自分をアウトプットすることができます。
大切なことは内に秘めたことを目に見える形にして外に出すことです。
「描く」もしくは「書く」という工程で少しずつ自分の気持ちや心を整えることができます。
現代美術家の草間彌生氏は、水玉模様で埋め尽くした作品を描きます。
草間氏の目にはすべてのものが水玉でおおわれているようにみえるため、その恐怖から自分を守るためにあえて水玉を自己表現の手段に使っていると言われています。
草間氏は絵を描く理由について「絵を描いている間は恐怖を感じることがないから」とインタビューで答えていました。
自分の気持ちと心を整えるために描いた絵が多くの人たちの心に感動を与え「芸術」となったのです。
<自分の生き方に自信がもてるから>
草間彌生氏のように自己表現が広く認められ「芸術」になればいいのですが、ほとんどの人の自己表現は自己表現にとどまります。
それでも絵を描いて自己表現すれば、目に見える形になります。
草間氏も自己表現が簡単に芸術になったわけではありません。作品が否定された時代もありました。
それでもあきらめず表現を続けられた理由は「自分の生き方に自信をもっていたから」ではないでしょうか。
はじめは恐怖から逃れるために描いていた絵でしたが、描き続けたことによって評価よりも自分の生き方や方向性に自信を持てるようになったのです。
「自己表現は芸術ではない」という声もあります。
しかし、絵を描き続け自己表現を積み重ねることで自信をもてるようになり、評価や呼称を気にすることなく自己表現できるようになります。
そして結果的に自分の生き方に自信をもてるのです。
おわりに
大人になったら自己表現よりも、むしろ自己を隠して社会に溶け込んだ方がいいと思うかもしれません。
しかし自己を消滅させてしまったらやる気も人生の楽しさもなくなってしまいます。
絵を描くことは、文字を描くことと同じくらい簡単です。
難しいと感じるのは「人の目」や「人の評価」を気にしているからです。
絵を描くことが自己満足であったとしても描く価値は十分にあります。
文筆:式部順子(しきべ じゅんこ) 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。 在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。