美大受験をしなくても、子どもが絵を習うことには意味がある

「美大を目指さないのに、絵を習う意味はあるの?」と疑問に思う保護者の方は少なくありません。しかし、絵を習うことは単なる美術技術の習得にとどまらず、子どもの成長にさまざまなプラスの影響を与えることが研究でも明らかになっています。今回は「美大を目指さない子どもが絵を習う意味」について詳しく解説します。

絵を描くことで培われる集中力と認知能力

子どもの発達心理学の専門家であるハワード・ガードナー(ハーバード大学教授)は、多重知能理論(Multiple Intelligences)において、「視覚・空間的知能(Spatial Intelligence)」が学習能力や問題解決力と深く関わっていることを指摘しています。この能力は、絵を描くことで大きく伸ばすことができます。

また、アメリカ心理学会(APA)の研究によると、芸術活動に没頭することが集中力の向上につながることが明らかになっています。受験勉強でも求められる集中力は、幼いころからの経験によって養われるものです。絵を描くことで自然と「長時間、ひとつのことに取り組む姿勢」が身につき、これは学習全般に役立つスキルとなります。

受験に一番必要な集中力。受験は自分との戦いであり、長さよりも深さが重要になります。
集中力がある子どもは、短時間でも集中するため知識がしっかりと頭に固定されます。
一方、集中力がない子どもは「勉強しなきゃ」と思っている時間は長いのですが、結果として頭に入った知識は少ないのです。

集中力とは、ひとつのことにのめり込む力です。
「絵を習う」ということは、絵を描くための環境で絵を描くことだけに集中することになります。
嫌々ながらやらされることは、時間の経過が長く感じます。

しかし、子どもたちが作品作りや絵を描いていると「えっ、もうこんな時間!?」という声があちこちから聞こえてきます。それだけ集中しているということなのです。

幼いころから「集中する」という経験を重ねてきた子どもは、美大受験以外の受験でも役立つ集中力を養うことができるのではないでしょうか。

「正解のない世界」で育つ創造力と柔軟な思考力

教育学者のエリオット・アイズナー(スタンフォード大学教授)は、芸術教育が「問いを立てる力」や「複数の解決策を考える力」を育むと述べています。現代の社会では、単一の正解を求める能力だけでなく、多様な視点から物事を考える力が重要視されています。

例えば、絵を習うことで「ゴッホの筆使いにはどんな意味があるのか?」「ピカソのキュビズムは何を伝えようとしているのか?」といった問いを考えるようになります。これにより、子どもは批判的思考力や創造力を養い、自分自身の表現を生み出す力を育てることができます。

1+1の答えが2だけではない広い視野をもつことができる

絵や作品作りには、正解がありません。正解はありませんが、それぞれの作品が答えとなります。
一人ひとりが生み出した作品こそが、その人自身の答えなのです。

私たちの人生には、1+1=2のように明確な正解がない問題の方が多いものです。
そんなとき、柔軟な発想力と広い視野を持つ人は、さまざまな視点から物事を捉え、最適な答えを導き出すことができます。

絵を習うことの目的は、単に技術力を高めることだけではありません。
「ゴッホはどうしてグルグルと渦を描くのだろう?」「ピカソのどこが優れているのだろう?」と考えることで、さまざまな視点や立場から物事を見つめる力が育ちます。

また、「マグリットのようにありえないことを描いてもいいんだ」「人と違う表現をしても大丈夫なんだ」と感じることで、広い視野を持ちながら、自分の考えに自信を持つことができます。
絵を習う場所では、個性が尊重されます。人と違う表現を否定されたり修正されたりすることはありません。さまざまな表現や考え方をもつ仲間と触れ合うことで、子どもたちは広い視野をもち、多様な考え方を身につけることができるのではないでしょうか。

絵を通じた自己表現が自己肯定感を高める

日本の文部科学省が実施した「子どもの学習意欲に関する調査」によると、自己表現の機会を多く持つ子どもほど、自己肯定感が高い傾向にあることが示されています。

絵を描くことは、言葉では表現しきれない感情や考えを形にする手段の一つです。特に、発達段階の子どもにとって、自由に表現できる環境は自己肯定感を育む上で極めて重要です。「この絵は上手・下手ではなく、自分の気持ちを表したもの」と受け入れられる経験は、子どもにとって大きな自信につながります。

親自身の認識が変わる可能性が出てくる

「美大は学費が高い」「就職が難しそう」といった固定観念を持つ場合も多いですが、近年、美術大学卒業生のキャリアは多様化しています。経済産業省のデータによると、デザイン・クリエイティブ産業の市場規模は年々拡大しており、企業においても「デザイン思考」が重視されるようになっています。

また、美術教育が必ずしも「美術系の職業」への道に直結するわけではありません。欧米の教育現場では、医療、建築、テクノロジー分野など、さまざまな職業において美術的思考が活用されていることが報告されています。こうした事実を知ることで、保護者自身の価値観が変わり、子どもの可能性を広げるきっかけになるかもしれません。

「受験はしないけど、絵が好きみたいだからとりあえず習わせたい」という理由で絵を習い始める子どもも少なくありません。
しかし、美大受験はゴールではありません。「芸術家になりたい」「美術の先生になりたい」など、さまざまな夢を叶えるための通過点として美大が存在します。そして、絵を習う場所は、子どもが夢を見つけるきっかけを提供する場所でもあります。

絵を習うきっかけが「美大受験」という子どもはほとんどいません。
しかし、絵を習い続ける中で、先生から大学時代の話を聞いたり、絵に対する興味が深まったりすることで、「美大」という選択肢が自然と候補に上がってくる子どももいます。

親もまた同じです。
初めから子どもに美大受験を視野に入れる親は、美大を卒業していたり、美大が身近な存在であったりする人が多いのではないでしょうか。
しかし、絵を習うことで、親自身も美術を身近に感じるようになります。その中で、「美大」という選択肢が自然に頭に浮かんでくることがあるかもしれません。そのときに美大受験を考え始めても、決して遅くはないのです。

おわりに

「習って得られるもの」が具体的である方が、コスパがいい習い事にみえるかもしれません。
「美大を目指す」ということは、合否という具体的な結果があります。
一方で絵を習うということは、感性や表現力のように数字にできないスキルを身につけることです。
美大を目指さない子どもが絵を習う意味は「これから生きていくために必要な目に見えないスキルを身につけるため」ではないでしょうか。

筆者:式部順子(しきべ じゅんこ)
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業
サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。
在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。

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