現代社会では「自己肯定感」の重要性が広く認識されています。自己肯定感は、人生を主体的に生き抜くための「心の芯」ともいえるものです。とくに、子どものころにこの芯を育むことは、成長過程で直面する困難を乗り越える力や、将来的な幸福感を大きく左右します。
では、なぜ美術が子どもの自己肯定感を育てるのに役立つのでしょうか?今回はその理由と、具体的な方法について詳しく解説します。
目次
1. 自己肯定感とは
自己肯定感は、自分を価値ある存在だと認め、自分自身を受け入れる力を指します。この感覚が備わっていると、自分の考えや行動に自信を持ち、他者と比較しても揺らぐことが少なくなります。自己肯定感の主な特徴は以下の通りです。
- 自分を好きでいられること
他人の意見や社会の評価に左右されず、自分自身の存在を肯定できる力です。 - 困難に立ち向かう精神的な強さ
失敗や挫折があっても、自分を責めすぎずに次の挑戦に進める前向きさが生まれます。 - 他者を尊重する心を持てること
自分を認められる人は、他者をも公平な目で見られるようになります。
逆に、自己肯定感が低いと「自分なんてダメだ」「どうせ何をやっても無駄だ」といった否定的な思考に陥りやすくなり、人生全般にわたる満足感が低下してしまいます。
2. 美術で自己肯定感が育つ理由
(1) 美術には「正解」がない
美術の大きな特徴は、他の教科のように一つの「正解」がないことです。たとえば、数学では明確な答えにたどり着く必要がありますが、美術では子どもが自分なりの答えを表現することができます。
この「正解のない自由な世界」が、子どもにとって自己肯定感を育む重要な環境を提供します。
- 自分で考える力が身につく
美術の活動では、何を描くのか、どの色や素材を使うのかなど、すべてを自分で決める必要があります。この過程で「自分の意見」や「自分なりの答え」を見つける力が育まれます。 - 個性が認められる喜び
美術の作品は、すべてがその子ども独自のものです。友達や先生にその個性を認められる経験は、子どもにとって大きな自信となります。 - プロセスを楽しむことができる
美術では「過程」が重視されます。試行錯誤しながら完成を目指すプロセス自体が成功体験となり、自己肯定感の土台を形成します。
(2) 点数化されないからプレッシャーが少ない
学校の勉強では、テストの点数や成績によって自分の能力が評価されます。これがプレッシャーとなり、自分の価値を点数でしか計れないという思い込みを生むことがあります。
一方、美術では点数で評価することが難しいため、より自然に達成感を得ることができます。
- 作品の完成そのものが成功体験になる
美術の作品は、完成すること自体が一つの大きな成功です。どんなに小さな作品であっても、子どもが「自分で作り上げた」と感じることで、自信を育てることができます。 - 他者との比較が少ない環境
美術の活動では、それぞれの作品に個性があり、一律に優劣をつけることができません。こうした環境が、他者との比較によるストレスを軽減し、子どもの心をのびのびと育てます。
3. 子どもの自己肯定感を育てる美術の具体的な方法
(1) 自由な表現を認める環境を整える
美術活動の場では、子どもが自由に考え、表現できる環境を整えることが重要です。
- 多様な画材を用意する
絵の具、クレヨン、粘土、カラーペンなど、さまざまな画材を使うことで、子どもが自分の好きな方法で表現する楽しさを体験できます。 - テーマを広く設定する
「好きなものを描こう」「この色を使って自由に作ろう」など、柔軟なテーマを与えることで、子どもの想像力が活性化します。
(2) 肯定的なフィードバックを意識する
作品に対して具体的で肯定的なフィードバックを与えることは、子どもの自信を大きく育てます。
- 「この形、とてもユニークで面白いね!」
- 「どんなことを考えて、こういう色を選んだの?」
- 「ここを工夫したところがすごい!」
こうした言葉かけを通じて、子どもは自分の表現が価値あるものだと感じることができます。
(3) 成果を共有する機会を作る
作品を家族や友達と共有したり、学校や地域で展示したりすることで、子どもは自分の作品が認められたという実感を得られます。この経験がさらに自己肯定感を深めます。
4. 美術を通じて広がる自己肯定感の可能性
美術を通じて育まれた自己肯定感は、日常生活や他の分野にも大きな影響を与えます。
学びへの意欲が高まる
自分の成功体験を通じて「もっと挑戦してみたい」という意欲が湧き、他の分野への積極性にもつながります。
問題解決力の向上
美術活動を通じて「自分なりの答えを見つける」経験を積むことで、現実の問題にも柔軟に対応できる力が身につきます。
他者との共感力が育つ
美術では他人の作品を見る機会も多く、それぞれの個性を尊重する姿勢が自然と育まれます。
美術はすべてが自分の個性として認められるから自己肯定感が育つ
勉強はマルかバツかです。
美術には、三角も四角もなんでもあります。
そして、それらすべてが「個性」として認められるのです。
自己肯定感を育てるためには「自分は認められている」と心から感じられる機会に恵まれていることが大切です。
「おまえはダメだ」「もっと頑張らなくてはいけないよ」と言われる毎日では自己肯定感どころか自信を失ってしまいます。
大切なことは「認めてくれる人」がいることです。
どんなに絵を描かせても、絵をみた親に「これは変」と言われたら自信をなくします。
また、やたらと認めることも問題です。
「うまいね」と適当に受け流すことは子どものやる気を奪ってしまうでしょう。
自己肯定感を育てたいと思うならば、子どもに伝わるオリジナルの言葉で「認めた」という気持ちを伝えることが大切です。
美術で自己肯定感を高めるなら第三者に任せてみる
自己肯定感を意識しすぎると過保護になったり過干渉になったりすることもあります。
自己肯定感を子どもに持ってほしいと願う親はとても子ども思いだからです。
「かわいい子には旅をさせよ」という言葉があります。
子どもを思うのならば、信頼できる第三者に任せてみる方法もあります。
とくに美術は専門的なスキルが必要な分野です。
子どもの作品を親が認め続けることは意外と大変かもしれません。
絵画教室には、プロの先生や子どもたちがいます。
子どもが親の視線から離れて作品を描き、家族とは違う人から褒められる経験は成功体験として蓄積されるのではないでしょうか。
そして、絵画教室には同年代の子どもたちもいます。
ときにはライバルとなって刺激しあうことで自己満足で終わらない成功体験をすることができます。
おわりに
筆者が美大在学中には個性が強い人がたくさんいました。
入学するまでは「変わった人」という扱いを受け、自分に自信がもてない人もいました。
しかし、美大では個性がないほうが変わった人です。
個性が強い人は、みるみる自信をもち自己肯定感を高めていました。
教育の場ではよく「生きる力」という言葉が登場します。
生きる力は、まさに自己肯定感が要になっています。
文筆:式部順子(しきべ じゅんこ) 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。 在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。