令和5年2月に開催された中央教育審議会教育振興基本計画部会の資料の中に『不登校やいじめ、貧困など、コロナ禍や社会構造の変化を背景として子供たちの抱える困難が多様化・複雑化する中で、一人一人のウェルビーイングの確保が必要』という一文があります。
ウェルビーイングとは何なのでしょうか。
今回は、今注目のウェルビーイング教育と絵画教室でウェルビーイング教育ができる6つの理由をお話しします。
引用URL「文部科学省 中央教育審議会教育振興基本計画部会(第13回)会議資料 ウェルビーイングの向上について(次期教育振興基本計画における方向性)」:https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/000214299.pdf
目次
ウェルビーイング教育とは
WHO(世界保健機関)は、健康とは「病気ではないだけでなく、肉体的にも精神的にも社会的にも満たされた状態」と定義しています。
まさにウェルビーイングとは、心も体も人間関係もいい状態が続いていることです。
すべてが良好な状態であり「幸せだな」と感じられる状態をいいます。
一時的なハッピーな状態ではなく、継続していることがポイントです。
なぜ今、ウェルビーイングが注目されているのでしょうか。
それは幸せの概念が根本的に変わったからではないでしょうか。
昭和生まれの親世代が子どもだった頃は「高い偏差値と学歴があれば幸せな人生を歩むことができる」と考えられていました。
しかし、世界的な感染症や働き方改革を経て、必ずしも学歴や収入だけで幸せをつかめるとは限らないことに気がついたのです。
「数値化できない力こそが本当の幸せな人生をつかむために必要なことだ」と多くの人が気づき始めたのでしょう。
ウェルビーイング教育は、ウェルビーイングな人生を歩むための教育です。
絵画教室でウェルビーイング教育ができる6つの理由
ウェルビーイングな人生を送るためには6つの柱があります。
ここからは、絵画教室と6つの柱の共通点をあげて、絵画教室でウェルビーイング教育ができる理由をお話しします。
<「自分」の内面に向き合うから>
ウェルビーイングの1本目の柱は「自分を知ること」です。
幸せの基準は人それぞれです。
やりがいのある仕事を幸せと考える人もいれば、自由でのんびりとした生活を幸せと考える人もいます。
大切なことは、自分の幸せの基準を知ることです。
絵画教室では、絵を描いたり作品を作ったりします。
絵を描くときには、正解がありません。「自分が描きたい絵」が正解です。
「何を描きたいのか」「何を表現したいのか」を自問自答し、先生は描き方を指導します。
自問自答の時間は「自分」の内面に向き合う時間です。
最近の子どもたちはとても忙しそうです。
学校から帰ってきたら塾に行き、帰宅したら急いで夕飯を食べてお風呂に入ったら寝る時間です。
これでは自分と向き合う時間も心の余裕もありません。
「自分は何が好きなのか」「何を目指したいのか」もわからないまま、とりあえず1でも2でも偏差値の高い学校を目指すことになってしまいます。
絵画教室は「自分」の内面と向き合う時間を確保できる場所です。
<自分以外の人の内面を知り受け入れるから>
ウェルビーイング2本目の柱は「良好な人間関係」です。
人間関係の良し悪しで幸福度は大きく変わります。
友達が多い人や社交的な人は、人を受け入れるストライクゾーンが広い傾向があります。
子どもに限らず、大人の世界でも「あの人は嫌い」「この人とは合わない」とすぐに関係を切ってしまう人は友達が少なめではないでしょうか。
絵画教室には個性豊かな子どもたちが集まります。
そして、絵画教室では自分とは違った考えをもつ相手に対して「あの子はそういう考え方をするのか」と認めて受け入れる教育をしています。
けして「あの絵はダメだ」「あの子はちょっと変な考え方だ」というように「常識の型にはまっていることを良とする」という雰囲気はありません。
作品を通して多くの人の内面に触れ、受け入れる環境で育つことで、幅広い人間関係を築ける人材が育ちます。
<困難やストレスも絵や制作の糧にできるから>
ウェルビーイング3本目の柱は「困難を乗り越える力」です。
人生は山あり谷ありです。
困難を乗り越える力がなければ幸せどころか生きていくことも大変です。
絵画は、楽しい絵や明るい絵ばかりではありません。
有名な画家たちは、苦悩や困難を絵にぶつけています。
困難を乗り越える方法はたくさんあります。
スポーツに打ち込む方法もあれば、買い物でストレス発散する方法もあります。
絵や制作も同じことです。
困難やストレスというマイナスのものを制作の糧というプラスに変えることで困難を乗り越えることもできるのではないでしょうか。
絵画教室では、常に素晴らしい作品を求めることはありません。
求めているものは「絵って好きだな」や「絵画教室で過ごす時間が好きだな」というような「絵はかけがえのない存在だ」という気づきなのかもしれません。
<個性を自分の芯にできるから>
ウェルビーイング4本目の柱は「自己基盤の形成」です。
つまり「自分という芯をもつ」ということです。
芯がない人は、置かれた状況や環境に左右される人生を送ってしまい、自分らしい人生を歩むことができません。
一方、芯がある人は、どのような環境であっても自分の目指すところをみつけて着実に前に進むことができるのではないでしょうか。
絵画教室では個性を尊重します。
人によっては個性をコンプレックスと感じていることがあります。
絵画教室では、自己肯定感を高めることでコンプレックスを強みに変えます。
そして、個性を自分の芯にすることで幸せな人生の土台である自己基盤を作ります。
<自分の感情を整えることができるから>
ウェルビーイング5本目の柱は「セルフコントロール」です。
文字通り、自分の感情を管理する力です。
生きていれば怒りたくなるときもあります。
しかし、感情的になればなるほど人は離れていくものです。
美術でのコミュニケーションは作品を通じて行います。
例えば、花粉症のデザイナーが「春を感じるパッケージを作りたい」と思い、黄色い丸で花粉をデザインしても、ほとんどの人は春をイメージすることができないでしょう。
多くの人の春のイメージは桜やピンクではないでしょうか。
絵を描くときには、「自分が描きたいもの」を考えると同時に客観的な「見られ方」を意識することが大切です。
まさにセルフコントロールです。
作品を生み出す過程はセルフコントロールの連続です。
<やり抜く力をつけられるから>
ウェルビーイング6本目の柱は「目標に向かって頑張る力」です。
「幸せ=楽」ではなく、やはり目指すゴールに向かって努力し、目標達成したときに本当の幸せを実感します。
目標があっても、あきらめてばかりの人生は消化不良です。
小さな目標でも自分らしい目標や夢をみつけて頑張る力は、充実した人生を送るためのポイントです。
絵画教室には、やさしくおだやかな時間が流れていますが、何でもありの雰囲気はありません。
ひとつの作品を完成させることは最低限の目標です。
小さな目標達成をコツコツと積み上げることで自己肯定感は高まり、次のやる気につながります。
おわりに
時代が変われば求められる力も変わります。
生きる術も変わります。しかし芸術がもつ力は変わりません。
ゼロから1を生む出す力は、いつの時代でも生きる力になりウェルビーイングにもつながっています。
文筆:式部順子(しきべ じゅんこ) 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 サークルは五美術大学管弦楽団に在籍し、他大学の美大生や留学生との交流を通じ、油絵や映像という垣根を超えた視野をみにつけることができた。 在学中よりエッセイを執筆。「感性さえあれば、美術は場所や立場を超えて心を解き放つ」をモットーに美術の魅力を発信。子育て中に保育士資格を取得。今後は自身の子育て経験もいかし「美術が子どもに与える影響」「感性の大切さ」を伝えていきたい。